月間ブックレビュー 三宅香帆の今月の一冊〈2019年4月月間人気書評ランキングより〉

三宅香帆の今月の1冊『82年生まれ、キム・ジヨン』


書籍:82年生まれ、キム・ジヨン』
(チョ・ナムジュ, 斎藤真理子 (翻訳)/筑摩書房)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/272226/

選書理由

いまこの小説を読まなきゃ、って思うその理由はどこにでもころがっていて、だけどこんなに「いま読んで!」って言われている気がする小説はなかなかない。韓国文学ブームを牽引する、あるひとりの女性の人生。なんでこんなにブームになったんだろう、というその現象も含めて考えたいのだ。

ブックレビュー

私たちは、幸か不幸か生まれつき性別をもって生きている。
みんなが幸福になりたい、楽しく生きたい、と思っている世の中で、自分がもってうまれた条件がちがうことに、私たちはたびたび傷つけられる。
なんで自分はこの人とちがうんだろう。と思うたびに、ちがう条件のなかでみんなが幸福になって生きることの困難を知る。
たとえば、男と女という区切りがある。韓国の場合は、男性だけに兵役が課せられる。そして女性だけに出産という能力が与えられている。性別は区切りであるだけでなく、持って生まれた条件のちがいでもある。そして条件がちがうとき、それぞれに見えている風景がちがう。
自分でない他人に見えている風景を見ようとすることは、存外に、難しい。

「キム・ジヨン」は、韓国でその年に生まれた女の子のなかでもっとも多い名前らしい。小説『82年生まれ、キム・ジヨン』は、韓国という国で起こり得る女性差別――たとえば女子学生の就職活動での苦戦とか、姉と弟でちがう待遇を受けることとか、タクシーでおじさんからさらっと女性差別的な発言を受けることとか――について、どこにでもいる女の子キム・ジヨンを主人公として綴る。多少の差はあれど、それらは日本のどこかでも起こっている風景に見えて、日本の読者である私も、たまに息をのむ。

ここから先はかなり個人的な意見になってしまうのだけど、私は「女性差別」って言い方がよくないんじゃないかなあ、と思う時がある。
女性だからって差別を受けている、といえば、男性だから差別を受けることだってあるだろ、と自分のなかでツッコミを入れたくなるのだ。実際、韓国では「女性は兵役に行かなくてもいい」事実がミソジニー(女性蔑視の考え方)に繋がっている、という説もある。男性と女性という区別がそこにはあるのに、最終的にすべて同じ能力をもった存在だとみなすことに、どれほどの意味があるんだろう。
だけどその一方で、たとえば女性だけ正社員としての就職率が低いこと、性暴力のような避けられない暴力に遭遇する確率が高いこと、いろんなところで、「なんで女性だからってこんな目に遭うんだろう」って言わざるをえない場面があまりにも多い。どうにか変えられないかなあ、とやっぱり思う。ほんとに今は2019年かよ、と毒づきたくなるような出来事は、日々たくさんある。
でもそれは、もしかしたら男性として区切られた側からはあまり見えない風景かもしれない。というか、私は女性だけど、私だってほんとうの意味でいま苦しんでいる人が見ている風景なんて、見えていないのだ。
私たちはみんな同じ存在に見えて、いろんなところで区切りが存在している。最初にも言ったけど、やっぱり自分のいる場所の区切りを超えてなにかを見ようとすることは、難しい。
だけど『82年生まれ、キム・ジヨン』をはじめとして、区切りの向こう側にいるだれかの見ている風景を見せてくれるのが、小説というメディアのひとつの大きな役目……なはずだ。キム・ジヨンの見ている風景を、私たちはこの小説を通して見ることができるのだ。
なにかを変えたくなるのは、他人の見ている風景を、ちょっとでも垣間見た瞬間からだろう。

自分が見えない風景、区切りのその向こう側で起こっている出来事を、小説を通して見る。
女性差別、なんていうとどこの概念を取り扱っとんじゃい、と首をかしげたくなるけれど(だってあまりにも言葉が一人歩きしすぎている)、こうして、誰か一人の人生を差し出されると、「そうかあ」と腑に落ちることがある。
繰り返し言うけれど、私たちは自分ではない他人が見ている風景を見た先に、なにかを変えたくなる生き物なのだと思っている、私は。

この本を読んだ人が次に読むべき本

『野蛮なアリスさん』

書籍:野蛮なアリスさん
(ファン・ジョンウン,斎藤真理子 (翻訳)/河出書房新社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/263415/

〈おすすめポイント〉
韓国文学に興味をもった方はこちらをぜひ。女装ホームレスの主人公が語る、韓国のある街の腐敗と悲劇について。ひりひりとした痛みが残るけれど、それも文学のなせる技だ。

『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』

書籍:東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ
(遥洋子/筑摩書房)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/25735/

〈おすすめポイント〉
もう20年ほど前の本になるんだけど、フェミニズムや社会学の入門書としてこれ以上適切なものはない。入門書というのは結局「自分もそれを学びたくなる」のが一番の役割だから。上野千鶴子に弟子入りし、フェミニズムや社会学を学んでゆく作者の成長を見るにつれて、自分もまたそれらを学びたくなる。ものすごくおすすめの一冊!

Kaho’s note ―日々のことなど

5月のGWもあっという間に終わったら、急に「初夏!」って感じの気温になりましたね。私は春と夏が好きなので、暑くなるのはちょっと嬉しいです。はやく半袖のワンピースとか着たいな~。その前に梅雨だけど。雨は勘弁してほしいですね、梅雨が来ないと夏がやってきませんけれども! あれ、天気の話だけで終わってしまった。あ、6月最初に二冊目の著作がでます! ぜひ。

三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
月間ランキングはこちらから
本が好き!2019年4月月間人気書評ランキング

三宅香帆さんのプロフィール

1994年生まれ。高知県出身。
京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程を修了。現在は書評家・文筆家として活動。
大学院にて国文学を研究する傍ら、天狼院書店(京都天狼院)に開店時よりつとめた。
2016年、天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数 ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。
著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)がある。

Twitter>@m3_myk
cakes>
三宅香帆の文学レポート
https://cakes.mu/series/3924
Blog>
https://m3myk.hatenablog.com/

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