月間ブックレビュー 三宅香帆の今月の一冊〈2019年3月月間人気書評ランキングより〉

三宅香帆の今月の1冊『文系と理系はなぜ分かれたのか』


書籍:文系と理系はなぜ分かれたのか』
(隠岐さや香/講談社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/269396/

選書理由

私たちは高校生で進路選択をするとき、まず最初に「理系か、文系か」を考える。そのふたつの分野はくっきりと分かれているように見える。だけど実際に大学で勉強してみると「文系」と「理系」は、そこまではっきりと分かれるものだろうか? と疑問を抱くようになった。

ブックレビュー

文系と理系。
日本にいると、そのふたつの分野は、あまりにもくっきりと分かれているように見える。
だって私たちは進路選択の際にまず「自分は理系へ進むのか? 文系に進むのか?」を考える。世間には「文系脳」「理系脳」なんて言葉もあるし、文系も理系も、ちがう、ように見える。
やっぱり理系とは理屈っぽくて気が合わない、とか、文系の言ってることは感情的でわからん、とか、そこには明瞭な区切りがあるように、見える。
だけど実際に大学で勉強したり社会に出たりしてみると、「文系と理系の区切りなんて、あってないようなもんだよなー……」と思ってしまう。

たとえば文系で大学に入った学生さんが、営業としてIT企業に就職すれば、絶対に「理系」の知識を勉強するようになる。あるいは、理系の会社だってほかの国の文化という「文系」の知識を学んでから企画をすることってあるだろう。まあ、大学の専門分野として「理系」「文系」の区分がわかりやすいから分けてあるけど、実際「文系」「理系」の区分なんて意味ないよな~と思うのは、きっとあなたも同意してくれるところだろう。
しかし、本書は「じゃあその大学の専門分野だって、『文系』『理系』の区切りはいったいいつからできたの?」という疑問に切り込む。

すると、文系、理系といった区切りが、かなり最近の近代大学装置にもとづいた単なる思想でしかないことに気づく。
大学というのは神を信仰していた時代から、神のことをまずは置いておいてデータをとる時代に移り変わる中で、その分野をひとつひとつ築き上げてきた。そのなかで文系、理系という区分ができていた。しかし昨今の欧米では、理系、文系の区切りではなく、「人文」「社会」「理工医」の三つかそれ以上に分かれるのがふつう、とのことである(これはしばしばニュースになる情報なので、聞いたことがある人も多いかもしれない)。

そのうえで筆者は、理系のことを「人間の思考をバイアスだとする」価値観、文系のことを「人間の思考に価値を置く」価値観である、という定義を用いる。
私はなるほどなー、と唸った(実際は「理工系」「人文系」といった表現をされていますが)。要は、理系とは人間の認知をバイアスだと捉える方向性、人文とは人間の認知にそもそも価値があると捉える方向性。
たしかに「芸術」なんて、バイアスに価値を見出さなくてはありえない思想だけど(だって、ピカソがああいうふうに世界を見て描いておらず、みんなと同じような絵を描いていたら、どこに価値があるだろう?)。その前提に立って世界を見るのが、文系なのだ。

世界を捉え、問いを導き、学問を学ぶにあたって、ひとつの見方だけでは答えに辿り着けない。人間をいったん横に置こうと考えたり、いやむしろ人間をしっかりと考えようと思ったり、そうした様々な人のいとなみこそが、いまの文明や知識をつくっているのだ。
だとしたら、むしろ「文系」「理系」みたいな区分をマイナスに捉えるんじゃなくて、もちろんどちらがいいと議論するのでもなく、さまざまな専門性をもってそれぞれの分野がちがう世界の捉え方をしていることを肯定したい。
本書を読むと、その思いがさらに強まる。

この本を読んだ人が次に読むべき本

『百合のリアル』

書籍:百合のリアル
(牧村朝子/講談社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/215461/

〈おすすめポイント〉
人間のバイアスのきわみとも言える「愛」について、同性愛者として生きる筆者が綴る。同性愛についてたしかな知識を得られるだけでなく、人と人とが向き合うことについて考えられる良著。

『「女ことば」はつくられる』

書籍:「女ことば」はつくられる
(中村桃子 /ひつじ書房)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/125991/

〈おすすめポイント〉
言葉だって、つくられるものだ。「だわ」「なのよ」などといった女ことばは、だれに、いつ、つくられたのか? 世界を学問というバイアスで見ると、言葉ひとつとっても、深い世界を知ることができる。

Kaho’s note ―日々のことなど

会社に入ってもうすぐ1ヵ月。なんか一週間がすっごい早いんですけど! なぜ!? こんなに時間たつのって早いっけ!? 時間をむだにしないよう頑張ろう~と思いますが、ちょこちょこ本を読むのが前にもまして楽しすぎてやめられません。どうしよう。

三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
月間ランキングはこちらから
本が好き!2019年3月月間人気書評ランキング

三宅香帆さんのプロフィール

1994年生まれ。高知県出身。
京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程を修了。現在は書評家・文筆家として活動。
大学院にて国文学を研究する傍ら、天狼院書店(京都天狼院)に開店時よりつとめた。
2016年、天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数 ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。
著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)がある。

Twitter>@m3_myk
cakes>
三宅香帆の文学レポート
https://cakes.mu/series/3924
Blog>
https://m3myk.hatenablog.com/

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