月間ブックレビュー 三宅香帆の今月の一冊〈2019年2月月間人気書評ランキングより〉

三宅香帆の今月の1冊『数字が明かす小説の秘密 スティーヴン・キング、J・K・ローリングからナボコフまで』


書籍:数字が明かす小説の秘密 スティーヴン・キング、J・K・ローリングからナボコフまで』
(ベン・ブラット,坪野圭介 (翻訳) / DU BOOKS)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/274541/

選書理由

小説や文学というと、情緒や感情を扱うものだからデータで分かることなど何もない……と思われがち。でも実際は、小説だって言葉がつらなって生まれるものだから、言葉を分析すれば有用なデータになる。IT全盛期だからこそ見つかる、文学の秘密を届ける本だ。

ブックレビュー

「ブラッドベリのスパイス系単語の使用頻度は、並外れたレベルである」
「今日のベストセラーはかつてのベストセラーよりも、はるかにセンテンスが短くなっている」
「修飾語の使用は数世紀にわたって減りつづけている」
「どの作家の文章にも隠された指紋が存在していて、それはこれまでに読まれてきたどんな作家とも異なっているものなのだ」

――こんなふうに文学を読んだことはなかった、と思いつつ、そのデータ量にときめく。本書『数字が明かす小説の秘密 スティーヴン・キング、J・K・ローリングからナボコフまで』は、主に欧米圏の小説について、古典からエンタメ作品に至るまで、その文体・構成・作家自身から収集できる「データ」で文学を説いた本だ。

たとえば、巷で流行っているエンタメ小説(日本でいうライトノベル小説のような位置づけだろうか)の作家は、同じような文体で書いていると思われやすい。たしかに私も、純文学作家に比べて、エンタメ作家は「凝った文体」を持っていないことが特徴のように考えていた。誰でも読みやすい文体だからこそ、目立った特徴がないのではないか、と。
だけどデータで見ると、違うのだ。
同時代に流行っているエンタメ小説多数を集め、その中の「the」と「and」という単語を数えるだけで、使用単語の頻度によって、どの作家か分かるという。
すごいと思いません!? theとandが、作家によって使用頻度の分かれる単語だなんて考えたことがなかった。
つまり作家の文体は、データによって、ほとんど特定できるらしい! すごすぎる。

たとえば古典と現代の小説では一体何が違うのか。ジェンダーと文体の関係は、本当にあるのか(結果的には差異が存在した)。はては、表紙のデザインや、本の厚みに至るまで、ありとあらゆる面白いデータが登場する。なんと、売られる本はどんどん分厚くなっているらしい。びっくりだ。逆かと思った。

小説から出たデータをいかに使うか? は人間の仕事だけど、こうやってITがデータを持ってきてくれることはものすごく嬉しいことだと思う。小説について、解明できることが増えるのだ。
データで楽しむ文学。ねえ、日本版もだれか作りませんか!? 作りたーい!

この本を読んだ人が次に読むべき本

『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』

書籍:天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々
(メイソン・カリー,金原瑞人(翻訳),石田文子(翻訳)/フィルムアート社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/2422025/

〈おすすめポイント〉
古今東西あらゆる「天才」クリエイターは、どのような生活を送っていたのか? 作家たちの生活習慣に注目する、という異色のデータを集められる本。笑えるしおすすめです。

『〆切本』

書籍:〆切本
(夏目漱石,江戸川乱歩,星新一,村上春樹,藤子不二雄Ⓐ,野坂昭如など全90人/左右社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/240326/

〈おすすめポイント〉
作品を生むのは、結局、〆切なのか!? たくさんの作家たちが〆切に苦しみ、耐え、傑作を生んできた様子を見ることができる本。あの天才も〆切には苦しんだんですね……と、これまた今までにないデータを集められる。

Kaho’s note ―日々のことなど

この春、京都から東京に引っ越すのですが。絶賛引っ越し作業に追われております。きっとこの原稿が公開される頃には、私も東京の民になっているはず。……だってこれを書いている今現在引っ越しまであと3日なんだもの! さあ私は我が家にある大量の本たちをすべて段ボールに詰めることができるのかっ! 先日も、引っ越し前に実家へ本を送ろうとしたら「重量オーバーなので持っていけません……」と宅配業者さんに困った顔をされてしまいました。宅配業者さん、本当にごめんなさい!!

三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
月間ランキングはこちらから
本が好き!2019年2月月間人気書評ランキング

三宅香帆さんのプロフィール

1994年生まれ。高知県出身。
京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程を修了。現在は書評家・文筆家として活動。
大学院にて国文学を研究する傍ら、天狼院書店(京都天狼院)に開店時よりつとめた。
2016年、天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数 ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。
著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)がある。

Twitter>@m3_myk
cakes>
三宅香帆の文学レポート
https://cakes.mu/series/3924
Blog>
https://m3myk.hatenablog.com/

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