第159回芥川賞受賞作『送り火』・直木賞受賞作『ファーストラヴ』。たしかな文章で描き出す。言葉の力を感じる2つの現代劇


2018年7月18日いよいよ第159回直木賞・芥川賞の受賞作品が決定しました。芥川賞は高橋弘希さんの『送り火』、直木賞は島本理生さんの『ファーストラヴ』が栄誉に輝きました。
受賞に対するインタビューでは、高橋さんの淡々とした受け答えの中で、ふっと表情を緩ませた場面と、島本さんの「18年、折に触れて待っていた。」という言葉が印象的でした。

さて、受賞した2作品はどんな作品なのでしょう。

受賞作を本が好き!レビューとともにご紹介します。

芥川賞受賞作『送り火』


書籍:送り火
(高橋弘希/文藝春秋)
書籍詳細URL:http://www.honzuki.jp/book/267037/
内容紹介
春休み、東京から山間の町に引っ越した中学3年生の少年・歩。
新しい中学校は、クラスの人数も少なく、来年には統合されてしまうのだ。
クラスの中心にいる晃は、花札を使って物事を決め、いつも負けてみんなのコーラを買ってくるのは稔の役割だ。転校を繰り返した歩は、この土地でも、場所に馴染み、学級に溶け込み、小さな集団に属することができた、と信じていた。
夏休み、歩は家族でねぶた祭りを見に行った。晃からは、河へ火を流す地元の習わしにも誘われる。
「河へ火を流す、急流の中を、集落の若衆が三艘の葦船を引いていく。葦船の帆柱には、火が灯されている」
しかし、晃との約束の場所にいたのは、数人のクラスメートと、見知らぬ作業着の男だった。やがて始まる、上級生からの伝統といういじめの遊戯。

歩にはもう、目の前の光景が暴力にも見えない。黄色い眩暈の中で、ただよく分からない人間たちが蠢き、よく分からない遊戯に熱狂し、辺りが血液で汚れていく。

豊かな自然の中で、すくすくと成長していくはずだった
少年たちは、暴力の果てに何を見たのか――

「圧倒的な文章力がある」「完成度の高い作品」と高く評価された中篇小説。

ピックアップ書評(honsumiさん)

芥川賞に値しないとは言わないが、それでもどこか物足りなさを感じてしまう。

太平洋戦争の激戦地ニューギニアを舞台とした『指の骨』で、その圧倒的なリアリティを評価されて文壇デビューした高橋の、これは現代劇である。主人公は中学三年生の少年で、転勤族の父親を持つ彼は、津軽地方のある集落へと移り住む。そこで出会った同級生たち――といっても、寒村の学校はすでに閉鎖が決まっており、同級生はわずかに十二人。そのうち男子は主人公を含めて六人しかいない。……続きを読む

ピックアップ書評(吉田あやさん)

牧歌的な毎日が鬼火へと変わる。日常の裂け目の底にあるのは膿んだ想いの先は。

中3の夏、父の転勤で東京から
山間の町へと引越してきた歩。

目を開けるのも辛い程照り付ける
夏の日差し、温度、匂い、風景を
体感している感覚になる程に、
主人公の視点を体験させる
高橋さんの見事な筆致に導かれ、
夏休み気分を満喫していると、
友人たちの微妙な齟齬と、
思春期の危なっかしい暴力性が
ぽつりぽつりと不穏な陰を差し始める。
……続きを読む

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直木賞受賞作『ファーストラヴ』

書籍:ファーストラヴ
(島本理生/文藝春秋)
書籍詳細URL:http://www.honzuki.jp/book/265943/
内容紹介
夏の日の夕方、多摩川沿いを血まみれで歩いていた女子大生・聖山環菜が逮捕された。
彼女は父親の勤務先である美術学校に立ち寄り、あらかじめ購入していた包丁で父親を刺殺した。
環菜は就職活動の最中で、その面接の帰りに凶行に及んだのだった。
環菜の美貌も相まって、この事件はマスコミで大きく取り上げられた。
なぜ彼女は父親を殺さなければならなかったのか?
臨床心理士の真壁由紀は、この事件を題材としたノンフィクションの執筆を依頼され、環菜やその周辺の人々と面会を重ねることになる。
そこから浮かび上がってくる、環菜の過去とは?
「家族」という名の迷宮を描く長編小説。

「この世界で、人はレールからはずれることができず苦しみ続ける。
涙を流さずに泣くことの意味を、僕はこれからも考えていくと思う。」俳優・坂口健太郎

ピックアップ書評(Pink Roseさん)

息苦しい程に惹きつけられる家族小説

『なぜ彼女は父親を殺さなければならなかったのか?』
その動機と真実が知りたくて最後まで一気に読みました。

美貌の女子大生・聖山環菜が包丁で父親を刺殺
臨床心理士である真壁由紀がこの事件のノンフィクションの執筆を依頼され環菜やその周辺の人々に調査を進めて行くうちに徐々に明らかになっていく環菜の生い立ち。……続きを読む

ピックアップ書評(吉田あやさん)

父を刺した少女の奥に眠る慟哭。交差する傷の本質はどこに。

「動機はそちらで見つけてください」。

父親を刺殺し逮捕された環菜。
彼女の本を書かないかと依頼された
臨床心理士の由紀と弁護士の迦葉を
中心にそれぞれの過去の傷と、
その傷の奥深くに眠る傷の根本を
探すやりとりは静かに
のたうち回るようで、息を潜め
寄り添うように読み進めた。
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高橋さんは、その精密な筆致に定評があり、描かれる光景がパッと映像化されるような文章で読者を引き込む力が突出しています。
一方、島本さんは恋愛小説のイメージが強いので、受賞作品のタイトル『ファーストラヴ』も恋愛がテーマなのかと思いきや、いい意味で裏切られる、女子大生の娘による父親殺害という重いテーマを扱った作品です。

新聞各誌に掲載された講評を見る限りですが、どちらも文章の力に評価が高かったようです。
日本の著名作家を唸らせたふたりの文章をぜひ味わってみてください。

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(本が好き!編集部 東郷)

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